優しい社会を目指して
皆さん、こんにちは。
今日は、
「優しい社会を目指して」
そんな私の夢についてお話したいと思います。
皆さんは優しい社会を作るには何が大切だと思いますか?
私は「繋がること」だと思います。
「繋がること」
これは私ががんになってから一番苦しんだことです。
そして、一番助けられたことでもあります。
先ず、がんと分かってから一番に考えたこと。
それは「命と繋がる」方法でした。
「神様、お願いだから希望を与えてください。」
腫瘍熱でふらつきながら、手術のタイムリミットギリギリまで7つも病院を回りました。
でも・・・
命を繋ぐためには、子宮と卵巣にさよならを告げなければなりませんでした。
まだ29歳で、出産も結婚もこれからなのに・・・
でも、「生きていかなくちゃ。」と、必死に気持ちを震い立たせました。
でも、今度は、自分と繋がることが難しくなってしまったんです。
がんの治療は、手術や化学療法のみにとどまらず、その前後の生活全般に及ぶということを思い知りました。
生きたいからどんなに辛い治療にも耐えたのに、生きる希望を持つことが難しくなってしまったんです。
女性として自信がなくなって、
心に空いた穴を埋めることができずに、
自分を傷つけてしまったこともありました。
命の重みを痛いほど知っているのに、そんな事をする自分が許せませんでした。
もう一つ苦しんだのが、社会と繋がることです。
正直、私は自分ががんになってみるまで、
がんの知識が殆どありませんでした。
助けになる正しい情報を得たいのに、心がパンクしてしまって、情報の入ってくる一切のものを受け付けられなくなってしまいました。
簡単な事を決めることもできなくなってしまったり、
人が話しかけてくるスピードが何倍にも早く感じて、しんどくなってしまったりしました。
気付いたら、自分を恥じるように・・・生きていました。
大好きだった仕事から離れて、治療の為に生活の拠点も変わって・・・
どこにも拠り所がないような気持ちになりました。
家から一歩も出られない日が続いたり、友達から連絡がくることさえ怖くて・・・。
例えば、
「最近どうしてる?」
って、聞かれて、
「がんだなんて伝えたら・・・それに婦人科がんだとバレてしまったら、女性としての価値が下がってしまうんじゃないか・・・」
そんな風に怖くなりました。
「若いのに可哀想だね」
と言われるのは傷つくのに、私自身、がんに対する偏見に苦しみました。
そして、自分で自分の味方すらしてあげられなくなりました。
だけど、そんな私を今まで支えてくれたものがあります。
それは、やっぱり「繋がること」だったんです。
家族、がん専門看護師、主治医の先生、精神科の先生がどんなときも諦めずに私と繋がってくれました。
言葉にならない想いに耳を傾けて下さいました。
この場を借りて「ありがとう」を伝えたいです。
私は今でも、相変わらず、生きていくことが怖くて仕方がないです。
でも自分なりに一歩を踏み出したいと願っています。
それで大切にしたいと思ったのが、「繋がること」でした。
そして、がんの治療によって不妊になってしまった若年女性が繋がれる場を立ち上げました。
出来る範囲で自分の思いを周りに伝えていこうと思うようになりました。
がんになって孤立する人が少しでも減るように、遅れがちながん教育にも力を入れたいです。
また、早い段階から長期に渡って、相談支援に触れられる環境作りも充実してほしいです。
病院の相談窓口と全国の支援団体や患者会の繋がりも深めていくことも、生活の質を向上させる支援に繋がると思っています。
そして、若い世代の仕事、性生活、精神的な問題などに寄り添うサポートも充実してほしいです。
一人では変えられないことも、それぞれの立場の人が想いを繋げていくことで社会は変えられる。
そう信じています。
私も一歩ずつ進みます。
皆さん、私と手を繋いでください。
一緒に優しい社会を目指していきましょう。
(佳世さん、30代)