ホームに戻る > みんなの声を見る > テキスト > Patient Workとの衝撃的な出会い(塩尻 瑠美さん)

Patient Workとの衝撃的な出会い(塩尻 瑠美さん)

2013年9月4日

よりよい医療を受けるためには、患者自らが自分の病気についての自覚を持ち、医師との協力関係を築く努力が必要です。治療という枠組みの中での、そのような患者側の役割Patient Workを、私の経験を通してお話ししたいと思います。

私は、「がん」と診断されるまで、臨床心理士として患者さんを治療する立場でした。それが一変して、自分が治療される側になるとは、考えてもみたことはありませんでした。上腹部が圧迫される感じがして苦痛であり、それがだんだんひどくなったため、消化器内科を受診しました。諸検査のあとの結論は「異常なし。問題ないみたい」というものでした。場合によっては、「悪性腫瘍」の可能性も考えていましたから、うれしい反面、『それでは、この苦痛はどこから生じるのだろう』という疑問が残りました。医師は、怪訝な顔をしている私を見て、「今まで何も検査をしていないなら、検査を全てやってみよう」と提案され、追加の検査を受けることになったのです。そして卵巣癌が見つかりました。

8時間以上にも及ぶ手術のあと、低体温症となり、ICUに入るというハプニングがありました。その後の化学療法のTC療法もすんなりとはいかず、骨髄抑制がひどいため投与量を減量して、どうにかこうにか6クールをやり終えました。身体へのダメージは想像以上に酷く、打ちのめされたようでみじめでした。周囲が心配して、婦人科腫瘍医のセカンドオピニオンを受けるように準備してくれました。米国で臨床研究をしていたというその医師は、何事も単刀直入にはっきりと言葉に出すタイプの先生でした。診察が始まると、今まで体験したことのない驚きの連続が待っていました。

医師は、手元の情報提供書を見ながら、私と顔を合わせることなく、「いつ手術したの」「あなたの病気は」など、次々と質問を投げかけてきました。そのとき、私の内心では、怒りに似た感情が沸き起こっていたと思います。『その質問の答えは、その紙に書いてあるはずでしょ。そんな無駄な質問より、もっと私にとって有意義な話をしたいのに』という気持ちでした。さらに追い討ちをかけるように、「あなたの手術は失敗だね」と言い放ったのです。私はそのとき反射的に、「そうは言っても、もうそれは終わってしまったことです。私はそのときその方法しか選択できなかったのです。だから今、先生のところに来たのではないですか。何とかしてください」と言い返したのです。さらに、「それなら、先生ならどのような手術をなさるのですか」と質問しました。医師はすぐさま、手元の紙に、図を描きながら手術と化学療法のレジメンを書き、丁寧に説明を始めました。レジメンは、あまり見かけない組み合わせのものでした。メモを覗き込みながら、「このレジメンは聞きなれないもののような気がするんですけれど」と重ねて質問しました。

「それは僕の研究した方法だから、ほかの人はやってない」という回答でしたので、「それでは、エビデンスについてはどうなんでしょうか」と、錆一杯の抵抗を試みました。医師は意に介さず、かえって嬉々として「これが、僕の研究論文。サンプルはこのようになっていて、このような結果が出ている」と、PC上の記録を示しました。今考えれば、私も初めてお会いした先生に、かなり突っ込んだ質問をしていたと思います。それは、医師に一方的に押し切られないようにするには、自分の意見をはっきり言わないと、今回の受診が無意味になってしまうという、切羽詰った思いからでた行動でした。診察の終わりに発せられた医師の言葉は、どう対応していいのかわからないさらなる驚きを生み出しました。「これは、あなたの大事な情報だから、大切に保管しておきなさい。あとで役に立つから」と言いながら、情報提供書のコピーを渡されました。その一言で、一連の医師の行動の意味が全く違うものに変化していくのを感じました。『ああ、先生は私のことを一生懸命診察して下さっていたのだ』という安堵感にも通じる感情でした。

あまりにも強烈なセカンドオピニオン体験は、自分の中で処理するのに時間がかかりました。これには必ず何かの意味があるのだろうと考え、いろいろ調べた結果、たどり着いたのが、アンダーソンキャンサーセンターの上野先生の情報です。それはPatient Workだったのです。後日、その結論が正しいのかどうかを確認すると、こともなげに「そうだよ」と拍子抜けするようにあっさりと返されました。最初に先生から投げかけられた質問は、私がどの程度自分の病気を把握し、理解しているか試すためのテストだったわけです。現在は、 その先生は管理医としての役割を取ってくださり、必要に応じて、優秀な画像診断医、症状に応じた専門医などを次々と紹介状してくださるのです。そのような先生の対応は、再発したのではないかという私の不安を落ち着かせてくれます。

この一連の体験は、「がん患者」として、医師とどうかかわっていくかのコミュニケーションに関する視点や、正しい情報をどのようにして入手するかの方法と、治療は自分から選びとることが重要であることを学ばせてくれたのです。言ってみれば、その先生との出会いが、患者としての私を鍛え上げてくれて、再発もせずに3年半の命がつなげたのではないかと思っています。5年生存率30%であるのならば残りの時間を、キャンサーサバイバーのためになること、つまり、Patient Workを伝えていくことが、今の私に与えられたミッションではないかと考えるようになりました。そして、Patient Workを学ぶ機会をつくるため、「患者力を考える会Spes Nova(新しい希望)」 と名づけて、患者会を発足させました。これは海外でのe patient movement(患者参加型医療)ともつながるものでしょう。日本では患者中心の医療と呼ばれていますが、「中心」よりも「参加」の方が、患者の主体性を尊重している言葉のような気がします。

患者自身が治療の主人公となり、自分自身のサバイバーシップをどのように組み立てていくかは、とても重要なことです。その最初の基盤となるのがPatient Workなのです。

塩尻 瑠美 (60代、女性)